まえがき
教育勅語は、善なのか、悪なのか。
教育勅語について語られるとき、私は、この二つの評価の隔たりを感じてきた。一方には、日本人が取り戻すべき道徳として尊ぶ見方があり、他方には、軍国主義を支えたものとして厳しく批判する見方がある。しかし、評価を先に定めてしまうと、その文章が生まれた事情や、時代とともに変わった読み方が見えにくくなるのではないだろうか。
私は、五十年にわたって神道を学んできた。その立場から、教育勅語が戦争や軍国主義との関係だけで論じられることに、疑問を抱いてきた。だからといって、戦時下で果たした役割を軽く扱いたいわけではない。成立したときに何が求められ、その後、何が重く読まれ、どのように教育や政治に用いられたのか。その一つ一つを分けて考えたいのである。
明治の人々にとって、西洋に学ぶことは、国の独立と将来に関わる切実な課題だった。同時に、制度や生活が急速に変わるなかで、何を受け継ぎ、何を改めるのかという問いもあった。今日の私たちが教育勅語を読む環境と、その成立を迎えた人々の環境とは、大きく異なっている。
私は、その違いを理解する手掛かりとして、宗教政策や教育政策の変遷にも目を向けたいと考えた。神祇官制度や国民教化の試み、伊勢と出雲の祭神論争、欧化をめぐる議論は、教育勅語の成立とどのようにつながるのか。本書では、それぞれの出来事を一般の読者にも分かるように説明しながら、その関係を考えていく。