作家の村上春樹氏が観る度に涙していると告白している映画があります。
私も学生の頃に何度か観ましたが、エリア・カザン監督の「草原の輝き」(1961年公開)という作品です。その中でタイトルにもなっている有名なワーズワースの詩が出てきます。
What though the radiance which was once so bright
Be now for ever taken from my sight,
Though nothing can bring back the hour
Of splendor in the grass, of glory in the flower;
We will grieve not, rather find
Strength in what remains behind...
『かつては目を眩ませし 光も消え去り
草原の輝きと、花々の栄光
それら再び還らずとも なげくことなかれ
その奥に秘められたる力を、見出すべし』
若い時の輝きとは違うもっと深い輝きを、知性や霊性から滲み出てくるような輝きを、まとえるようになりたいと思います。
伊勢神宮など実に質素で穏やかな雰囲気(神気)に包まれています。祓いを受け、奥の白玉砂利の場で御垣内参拝などしますと、まるで時間が止まったような不思議な感覚におそわれます。
この畏れ多いような異次元的空間の感覚が、日本人というか大和民族の美的感性の極致だと思います。余分なものがひとつひとつおちてゆき、純粋な輝きだけが残ったような印象です。
年齢を重ねるとともに、足算的な人生観を引き算型に転換し、本当に良いもの、本当に素晴らしいもの、本当に役立つものを大事にする。磨くとは、余分なものを落としてゆき、真の輝きを見出す作業です。
大和心は、その意味で、純粋さの極致ともいえる価値観に裏付けられているのです。
