凛とした存在感、強くしなやかな美しさ、不要なものが削ぎ落とされた洗練さ。古神道では、これらは大自然のいとなみを通して、生と死の囚われを超えた「むすび」を理解し、体得することで養われてゆくとされています。
さらに言えば、
老子が第四十三章で、「天下の至柔は、天下の至堅を馳騁す。無有は無間に入る。吾れ、是を以て、無為の益有ることを知る。不言の教え、無為の益は、天下、之に及ぶもの希なり。(天下で最も柔らかいものは、天下で最も堅いものを思い通りに動かす。形の無いものは、隙間の無いところに入っていく)」と説いているように、柔らかさや無形のなかに秘められた真の強さを身につけることでもあります。
人はそれら多くのことを、春夏秋冬の大自然から学ぶことができるでしょう。傾聴の瞑想、気づきの瞑想とでもいいましょうか。
光や風のぬくもりや薫り、大自然の生きとし生けるものの「いのち」の輝きに触れ合うことで、万物の「いのち」の尊さや美しさ、大切さを知るのです。
そして、自然の静謐の中に身を置き、清気(神気)を浴することも気づきに役立ちます。神気は、たとえば三輪山などの神奈備(かむなび)の神域や、古代から神聖とされる磐座(いわくら)や盤境(いわさか)の近くで味わえるでしょう。
また、伊勢神宮や出雲大社などの由緒ある神社や、静かな山河でも構いません。そういうところなら伊勢内宮の御垣内にいるような、異空間的な感覚を味わうことができるかもしれません。
そこに大和心の原点があります。
