「日本神武開国新考」に於いて衛挺生教授は「神武天皇=徐福」と結論付けています。
戦後の日本史では第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までをいわゆる欠史8代として神武天皇共々実在しなかったかのように扱っていますが、それは神武天皇と第十代崇神天皇が共にハツクニシラススメラミコト(御肇国天皇)と呼ばれている事にも一因があるようです。
このハツクニシラススメラミコトとは、はじめてこの国を統治した天皇という意味である為、崇神天皇を初代として扱い、それ以前を加筆による創り上げられた系譜だと考えたわけです。
橿原に神武天皇陵があるように、欠史8代の綏靖、安寧、懿徳、孝昭、孝安、孝霊、孝元、開化の各天皇にもそれぞれ御陵が宮内庁から認定されていますが、これらは他の天皇陵と同じく、ほとんどが徳川幕府の御用学者の手によって元禄期に科学的根拠なく推定がなされ、明治政府もこれをほぼ踏襲したに過ぎません。
従って陵の存在がそのまま天皇の実在を意味する訳ではないのです。
衛挺生教授は、各国での考古学的な調査と内外の文献的裏付けを以って「神武天皇=徐福」を証明すべく「日本神武開国新考」を書かれましたが、その傍証として神武東征伝説と日本に於ける徐福伝説が極めて地理的に酷似している点など、それなりの説得力を有しています。
本来なれば「日本神武開国新考」が翻訳出版され、広く議論された方が良いと思うのですが、残念ながら、これまで天皇家のルーツについては学会のみならずマスコミすらもタブーとしてそれに触れようとはしなかったようです。