戒律や教義は人間の心や行動に多種多様な制約を課すことで、それぞれの理想とする特定の人物像に近づけようとするものです。変な喩ですが、私は針金で枝をグルグル巻きにされた盆栽をイメージしてしまいます。
一方、古神道は戒律や教義などによって思想や行動を厳しく制約するのではなく、ひたすらスピリットの純粋性を中心に据えてゆきます。それは、ただただ神人合一だけを直接的に求めてゆくアプローチです。
神の四魂に向き合えば、自らの四魂の働きがわかります。その積み重ねが、自らの一霊四魂の輝きを増すことになります。そして神と一霊四魂が共鳴共振することで、神人合一への道が開けるのです。
特定の心の持ち方に拘る必要はないのです。
孔子が最後に至った境地「心の欲する所に従へども、矩(真理・道)を踰(こ)えず」(『論語』為政)を、老子の説く自然無為を通して実現するわけです。
神とは大自然そのものなのですから。