
キリスト教が中国で布教されるときに、大論争がありました。
「ゴッドは神か上帝か 」(岩波現代文庫)に詳しく書かれていますが、GODにどの漢字を当てはめるかが問題になったのです。
アメリカ系の神父や牧師たちは「神」を選びましたが、欧州系の神父達は「上帝」を主張しました。なので現在に至るまで、GODの訳語の違いから、聖書の中国語訳は2種類あります。
神という漢字は、もともと信仰の対象ではなく合一の対象を意味する象形文字だったのです。
示(しめす)編は「祭壇の上に生贄を載せてそこから血が滴っているさま=神事を行う神聖な場所」を意味する文字として作られました。つくりの申は、肋骨の間に稲妻が下りるという意味の文字です。
つまり神という漢字は「神聖なる場所で神人合一する」という意味から作られた象形文字だったのです。
その神とは、擬人化されたものではなく、人格を持たないもので、これを専門用語で「造化の神」といいます。この造化の神は、大自然の法則そのものであり、またその働きを指します。つまり古神道の神の意味そのものです。
そのため信仰の対象となるGODの訳語には「上帝」が相応しいと主張する欧州系の神父達の方が、漢字の意味からは正しいと言えます。