
このように漢字の国、中国ではかなりの論争があったものの、日本ではキリスト教自体を幕府が認めてこなかったために表立った論争もなく、各地の信徒達の中で様々な訳語が用いられました。
それがペリー来航後になって、アメリカの宣教師の影響からGODが「神」と訳されることになり、神社で祀られているのも「神」、教会で信仰されているのも「神」という紛らわしいことになってしまったのです。
ちなみにペリー以前では日本ではキリスト教で「神」の訳語はほとんど使われていません。
以上の通り、いわゆる広義の「神」には、全く異なるふたつの概念があります。
①造化の神・・神人合一の対象。故に信仰を求めないし、信者も不要なので、布教もしない。
②造物主としての神・・信仰の対象。故に布教に積極的。
①は、古代インドの古ウパニシャッドにおけるブラフマン(宇宙の最高原理)、中国の「神」や「道(タオ)」、日本の古神道(仏教伝来前の神道)の「神」に概ね共通する概念。
②は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教等の一神教系宗教におけるGOD。
やはりGODに漢字を充てるならば「神」ではなく、欧州の宣教師たちの言うように「上帝」なり他の訳語の方が適切だった気がします。中国では今でも2種類の聖書が売られているわけですから。その方が神の概念についての混乱が避けられたでしょう。