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大和心

第102回 学んで思わざれば―2

著者:小山一夫 / 公開日:2022-07-06

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

囚われなく、自由に、幅広く学ぶことで、全体図を知り、己の現在位置を知ることは、坐井観天とならない為の、いわば予防処置でもあるのです。

「子曰、學而不思則罔、思而不學則殆」

子曰、学んで思わざれば則ち罔(くら)し。

思うて学ばざれば則ち殆(あや)うし。

学んでも考えなければ正しく知ることは出来ない。

考えても学ばなければ真の理解には至らない。

知識が智慧となる為には、思索が不可欠です。

情報を沢山収集し、知識の量を増やしても、それだけでは役に立ちません。

それらを分類し、解析し、精査することで確かなものと不確かなものに分け、重要度別に整理する必要があります。そして自らの内で、咀嚼し消化することで、単なる知識が、徐々に智慧へと変わってゆきます。

その意味で、知識と思索とは、不可分の関係にあるといってよいでしょう。