
『倹とは無駄遣いをしないということだ。
徳を無駄遣いしてはいけない、
つまり徳を損ずるようなこと徳を無くすようなことを
無思慮にやってはいけないということ。』
「知命と立命」安岡正篤著 プレジデント社
「徳」について安岡先生は幾つか例を挙げておられます。
「人間が自然から与えられているもの」
「万物の霊長として精神的存在と見る時に、
これが人間の本質であり、根本であり、根幹であるというもの」
私は、徳とは直霊の本性そのものだと捉えています。
なぜなら、それこそが他の動物や植物にはなく、万物の霊長たる人間だけに与えられた「本質」だからです。
そして「徳=直霊の本性」を損なうものは、全て「穢れ」となります。
穢れとは「気枯れ」の意であり、それらは真我本来の働きを抑制し損ないます。
ヨーガ的に言うならば生命力を弱めることになります。
「倹以て徳を養う」為には、この「穢れ=気枯れ」から離れることが求められますが、瞑想の階梯に沿って言うならば、まず身心脱落と純粋観照者の出現を経て一霊四魂を独存させ、然る後に無と合一・融合する必要があります。それによって全徳の境涯に至ることになるわけです。