20代の頃、国学の師に「信念が大事」と言われました。
当時は「なるほど」と、言葉の上辺だけで簡単に考えていたのですが、後になって「もっとちゃんと伺っておくんだった」と、とても後悔致しました。
信とは、盲信でも信仰でもありません。
言うなれば、自分への信頼です。
信用とは、単に、信じて用いること、を意味しますが、信頼に於いては、寄る辺にできるかどうか、が問われます。
つまり、ここでの信は、己への信頼を意味するのです。
釈迦の説く「自灯明」です。
念とは「今」の心です。
今ここに在る、まさに生きているという実感そのものです。
それには命を実感できるだけの「充実」がなければなりません。
今を全力で生ききること、命の輝きの中で自分自身を観照することです。
信念は、たゆまぬ鍛錬によって培われます。
ですから、鍛錬とは、信念がゆるぎないものになるまで、続けるものなのです。
武蔵は、鍛は千日、錬は万日と言いますが、実際には、終わりなき道なのです。