また、植芝翁ですが、こちらも次のような体験をされています。
「道場を出て、井戸端でひとり静かに流れる汗をぬぐいおわり、庭を横切って、柿の古木のあるあたりまで歩んできた開祖は、突然、全身がおのずからすくみきって、一歩もその場から動けぬ状態に陥った。金縛(かなしば)りというか、神縛りというか、とにかくただ無心・無身の感じで立ちすくむのみ。
すると、足もとの大地がゆらゆらと揺れはじめ、周囲に、天から目もくらむばかりの無数の金線が降りそそぐのを開祖は視(み)た。寂とした虚空にいま、この世ならぬ荘寂の後光が充ちはじめた。しかもやがて大地からも、黄金の気が湧き出でて、あたたかく、やわらかにと己れの全身をつつみはじめたのである。
『黄金体に化す!』と、開祖はこころに叫んだ。開祖は、現(うつし)身(み)の己れを超えたいまひとりの、黄金体の己れが顕出された不思議と歓喜にひたっていた。その黄金体は、みるみるうちにふくらんで、宇宙いっぱいにまで充ちひろがったかのようにおもわれた。それとともに心身ともに軽やかになり、耳に小鳥や虫のかそけき鳴き音(ね)が流れ込み、眼には木の葉のさやぎから、風の流れまでもがはっきり映るようになったのである。