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大和心

第186回 学問は人間を変える

著者:小山一夫 / 公開日:2023-01-04

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

『学問は人間を変える。

人間を変えるような学問でなければ学問ではない。

その人間とは他人のことではなくて自分のことである。

他人を変えようと思ったならば、先ず自分を変えることである。』

「安岡正篤一日一言」致知出版社

子曰、「学而時習之。不亦説乎。」

「学びて時に之を習ふ。亦説ばしからずや。」

学んだことを、日々の習いによって身につける。

その積み重ねは、学問や技を深めてゆきます。

その過程で様々な気づきがあれば、学びの内に本当の楽しさが沸いてきます。

その気づきは、知らず知らずの間に自らを変えてゆくことでしょう。

ただの学問が、真の意味で「活学」となります。

そのうちに、たくさん学んでまいりますと、自らが学びを通して得た喜びを人に伝えたくなります。

ところがそこに曾子は「三省」を心掛けよと言います。

曾子とは曾參。字は子輿。

「伝不習乎。」 「習はざるを伝ふるか」

ここでは「習」の意義が問われます。

単に上辺だけを学んだ程度で、あるいは又聞きや聞きかじり程度で、人に伝え語る資格があるのか、ということです。

孔子は次のようにいっています。

「子曰由誨女知之乎知之爲知之不知爲不知是知也」

「知るを知ると爲し、知らずを知らずと爲す。これ知るなり。」

これは中国医学の先生の口癖でしたが、昔から私も、自戒の意味で受け止めています。

10を知って10を語るのでは、何と頼りないことでしょう。

もしも10を語るならば、少なくとも、100の理解が必要だと思います。