
『志というものが単なる観念や空想ではなくて
それが物事を成してゆく現実のエネルギーである時は志気という。
本当の志気は客気ではなくて、
常に変わらざるものでなければならない。
いかなる場合にも志を変えないことを志操とか節操という。
志操とか節操が出来てくると、物に動じなくなる。
つまり物の誘惑や脅威に動かされなくなる。』
「知命と立命」安岡正篤著 プレジデント社
この一文は王陽明に関する解説の冒頭に書かれています。
王陽明といえば、明の時代に知行合一で知られる陽明学をおこした人物として知られていますが、系譜的には孟子の流れを汲むものです。
私的には、堅苦しい儒教系よりも自然無為に生きる老荘系の思想に惹かれますが、「吾が心に省みて非なれば、孔子の言といえども是とせず」という王陽明の言葉には思わず頷いてしまいます。
さて、志気と志操ですが、それが天命に即したものであれば最上だと思います。
ただこの「天命を知る」というのが簡単ではありません。
孔子ですら「五十にして天命を知る」というくらいですから。