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大和心

第193回 朝食は食ったか?

著者:小山一夫 / 公開日:2023-01-23

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

『偉大な修業などというと、

どんな奇抜な人間離れしたことをするのかなどと思う間は

まだ何もわかって居らぬのである。

尋常日用の工夫に徹するのが大修業なのである。

大いに悟りを開こうと思って、

まず佛という偉大な者の秘儀をつかもうとあせって居る僧に、

趙州和尚(唐末の名禅僧)は答えた。

朝食は食ったか。

はい、いただきました。

食器をよくかたづけなさい、と。』

「安岡正篤一日一言」致知出版社

かつて私にも、秘伝や秘技を追い求めた時期があります。

なにか特別な技術によって、飛躍的に向上するものと誤解していたからです。

実際それらを沢山収集し、試みてみましたが、自分の本質部分には、何も変化が起こりませんでした。それでも一抹の期待からか、コレクションに精を出していました。

そんなある日、ヘッセの「シッダールタ」を読んでいたら、強烈に胸に響くものがありました。

その時から私は、小手先の技術や、秘伝と言われる術にまったく興味がなくなりました。

たとえば、瞑想ひとつとっても「形」ではなく、「質」が問われることに気づいたのです。

それは有形と無形に対する理解でもありました。

つまり秘伝や秘技の「形」からは、サマディなど起こりえないのです。

瞑想に於いては、無形の力ほど強いものはなく、それは無為にして初めて解放されるものだったのです。