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大和心

第216回 攝津國一宮 住吉大社-2(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2023-03-01

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

三月壬申朔、皇后、吉日を選びて斎官に入り、親ら神主と為りたまふ。則ち武内宿禰に命せて琴撫かしめ、中臣烏賦津使主を喚して審神者と為す。

因りて千繒高繒を以て琴頭尾に置きて、請ぎまをして曰さく、先日に天皇に教へたまひしは誰の神そ。願はくば其の名を知らま欲しと。七日七夜に逮りて、乃ち答へて曰はく、神風の伊勢の国の、百伝ふ度逢県の折鈴の五十鈴の宮に所居神名は撞賢木厳之御魂天疎向津媛命。

亦問ひたまはく、是の神を除きて神有すや。答へて曰はく、幡萩穂に出し吾や、尾田吾田節の淡郡に所居神有り、亦有すやと問ひたまふに、答へて曰はく、於天事代於虚事代玉籖入彦厳之事代主神有り。

亦有すやと問ひたまふに答えて曰はく、有無え知らずと。是に神審者の曰さく、今答へたまはずして更後に言ふこと有りや。則ち対へて曰はく、日向の国橘の小戸之水底に居て、水葉稚之出居神、名は表筒男、中筒男、底筒男の神有す。亦有すやと問ひたまふに、答えて曰はく、有無え知らずと。且神有すと言はず。時に神語を得て教の随に祭りて、云々(下略)。」

これは武内宿禰を琴師、中臣烏賦津使主を審神者、神功皇后を神主とした他感法による「帰神術」です。

古事記に記述されている幽斎の後に行われた神功皇后が主になる祭祀です。

仲哀天皇「崩御」についての神託を受けるのに、七日七夜を要したとあります。

古代の天皇の祭祀が、極めて厳粛に行われていたことが読み取れます。