
『日露戦争の開戦前のこと、情勢緊迫でいよいよ国交断絶やむなしとなり、御前会議が繰り返されるなか、食事も喉も通らなくなった明治天皇は、食を三分の一と滅ぜられたそうです。そして内閣と統帥部が対ロシア開戦を決定したときも、明治天皇は「戦争を回避する方法は本当にないのか」と、御下問になります。重臣たちは一回下がって、もう一度ゼロから戦争回避の方法がないかを再検証しました。
それでも結論は変わりません。やはり開戦しかないと、再度、明治天皇の裁可を仰ぎます。そこで、「ロシアとの国交断絶(=開戦)を裁可する」と明治天皇はおっしゃるのですが、その日はついに米一粒もお召し上がりにならなかったそうです。』
(「日本人の原点がわかる国体の授業」竹田恒泰著)
竹田恒泰氏の著書ですが、明治天皇の大御心が随所に語られています。
詳しくはこの本をお読みになるとわかりますが、やはり偉大な方だったと改めて思いました。
平和を愛し、国民の幸福を心から祈られていた明治天皇は、常に国民の心に寄り添っておられました。
『国交断絶が裁可されたからというもの、明治天皇は暖房をお使いになりませんでした。「わが身は戦地の将兵たちととともにある」からです。日清戦争の時もそうでした。』(同書)
この大御心は、東日本大震災後の計画停電に際しての天皇陛下(現・上皇陛下)にも。
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『皇居は当時、東京電力が地域ごとに交代で電気を止める「計画停電」の対象地域ではなかったが、ご夫妻は一部地域の停電の時間に合わせて47日間にわたり、御所での電気の使用を一切お控えに。ろうそくや懐中電灯を使い、暗い中で夕食を取られることもあった。天皇ご一家も、お住まいの赤坂御所で自主停電に取り組まれた。』
本当に頭が下がる思いです。