
『「私」がない明治天皇の有名な言葉に「私は京都が好きである。ゆえに京都へは行かぬ」があります。「私は京都が好きである」ならば「ゆえに京都にはよく行く」とか、「京都に行きたい」となるのが普通です。「私は京都が好きである。ゆえに行かぬ」は、日本語としてもおかしいでしょう。ところが、天皇の価値観からすれば、これが当然なのです。
たとえば、明治天皇が京都がお好きで京都へよくお出ましになったなら、「隣の大阪は嫌いなのか」ということになってしまう。だから天皇は、好き嫌いを含めて自分の好みを口にすることがありません。』(「日本人の原点がわかる国体の授業」竹田恒泰著)
竹田氏の本を読むと、天皇陛下の大御心を随所に感じられます。
えこひいきしない。平等に接する。それによって国民全員と等距離に立たれています。
中々できる事ではありません。
『天皇は民の父母としてすべての人と平等に接します。県にしてもそうですし、企業にしてもそうです。どこかの企業だけ特別視したり、ある県だけ特別に優遇すれば、国はまとまらなくなります。ですから、すべての国、地域、人々、組織を平等に愛する必要があるのです。
聞くほうも聞くほうですが、記者会見で昭和天皇に「天皇陛下はお相撲がお好きでいらっしゃいますが、どの力士を応援していらっしゃるのですか」と質問した記者がいました。昭和天皇は「好きな力士はいるが、これを話すと新聞が書くし、ほかの力士がかわいそうなので言えないね」とお答えになっていらっしゃいます。』(同書)