3人目の候補は、倭姫命です。
古事記では「倭比売命」、日本書紀では「倭姫命」と書かれています。
倭姫命は第11代垂仁天皇の皇女で、垂仁天皇25年に天照大御神を伊勢の地に祀り、伊勢に「神宮」を創建しました。この方も幽斎の才能に恵まれた方でしたので、神意を伺えるという点においても卑弥呼になりうる方です。
崇神天皇の皇女豊鍬入姫命の使命を引き継いで、大和、伊賀、近江、尾張などを経て、最終的に伊勢に入り、神託により皇大神宮を創建されましたが、その間のご苦労は大変なものだったと思います。斎宮の基礎を築き、神宮の地位を確立したことなど、神道の歴史でも重要な方だといえます。
しかし女王として国の中心にいた卑弥呼とは、立場の違いがあると言わざるおえません。
なにしろ卑弥呼は、魏から正式に倭国の王として承認されていたわけですから。
もちろん「夫婿無し」や「鬼道を事として」などは、天照大御神に仕える倭姫命の姿を髣髴させます。この辺りは確かに卑弥呼の姿に重なるものがありますが。