日本語が危うかった時 - Rafu Shimpo 日本語は古来より変遷を続け今の現代語があるが、日本語自体をやめよう、日本文字をやめようという真剣な次元での危機が近現代で2度あった。維新後の明治新政府下と第二次大戦直後の日本だ。 この歴史は碩学高島俊男先生の名著 […]

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『日本語は古来より変遷を続け今の現代語があるが、日本語自体をやめよう、日本文字をやめようという真剣な次元での危機が近現代で2度あった。維新後の明治新政府下と第二次大戦直後の日本だ。』
日本語をやめて英語を国語にするとか、漢字を廃止するとか、政府が真剣に検討していたとは驚きです。
『漢字の廃止と英語を日本の国語とする主張が生まれた。既に維新より前にも幕臣前島密が漢字廃止を将軍徳川慶喜に健言している』
『日本語を完全に捨て去り日本の国語として英語採用論を主張した人は多いが、最も著名なのは、有能で誠実な政治家で文部大臣であった森有礼だった。早稲田大学総長、文部大臣を歴任した高田早苗もまた日本語を英語にせよと主張する者の一人だった。』
『明治33年文部省に国語調査委員会が置かれる。委員会の役目は漢字廃止を前提に代りの仮名とローマ字とどちらが良いか研究することだった。』
信じられないような議論ですが、事実です。
複数の文部大臣が英語を国語にするように求めるなど、とんでもない話です。
日本の歴史や伝統、文化をなんだと思っているんでしょうか。
それが文部大臣とは驚きです。
ただ明治天皇は森有礼氏の文部大臣就任に反対していたそうですが。。。
これは西欧に追いつこうと思うあまりの暴走だったと思います。
ところが、戦後は戦後で再びトンデモない議論が繰り広げられました。
続く。。。