明治11年以前の御製
いにしへの ふみ見る度に 思ふ哉
おのが治むる 国はいかにと
1867年(慶応3年)、王政復古の大号令が発せられました。
そこには「諸事神武創業ノ始ニ原キ」とあり、これが新たな国づくりの根本になりました。
明治天皇は1852年の御生まれなので、まだ10代の若かりし頃に即位されました。
そこで侍講制度をつくり学問を学ぶ場をおつくりになりました。
侍講とは、天皇や皇太子に学問の講義をする官職です。
明治天皇の侍講として次の方々が選ばれました。
中沼了三・・・儒学者の出身(1869-1870)
平田鐵胤・・・国学者、養父は平田篤胤。(1869-?)
平田延胤・・・国学者、父は平田鐵胤。(1870-?)
元田永孚・・・儒学者の出身(1875-1895)
佐々木高行・・・侍捕(1878)。皇典講究所第2代所長
副島種臣・・・漢学、国学、神道に極めて造詣が深い元勲。(1879-1886)
一等侍講、侍講局総裁、外務卿、内務大臣、宮中顧問官、枢密院顧問官を歴任。
伊地知正治・・・一等侍講、宮中顧問官
福羽美静・・・国学者。(1869-1872?)
時代を代表する先生方から学ばれた明治天皇は、舵取りの難しい困難な時代を乗り切り、
世界の国々から広く尊敬を集めるような偉大な天皇となられました。
私はこれから明治天皇の素晴らしい御製を神道と歴史の視点から考察してゆきたいと思います。
