
明治23年御製
あたらしく つくりし伊勢の 宮柱
うごかぬ国を なほ守るらし
明治22年(1889年)10月、第56回式年遷宮が行われました。
この御製はその翌年に詠まれたものです。
本当でしたら22年に詠まれてもいいのになぜ翌年に詠まれたのでしょうか。
御製の解説本はいくつかありますが、例えば明治神宮の「365日の大御心」の口語訳では
「真新しく御造営なった伊勢の神宮の太い宮柱は、もともとゆるぎないこの日本の国をさらに一層たしかに、お護りくださるに違いない」と書かれています。
確かにその通りなのですが、明治神宮は神社なので、やはり伊勢神宮の式年遷宮に主眼が置かれた解説になっているような気がします。
でも私は歴史的な背景を重視したいと思います。
何故ならば御製が詠まれたのが23年だからです。
22年には、大日本帝国憲法と皇室典範の公布がありました。
そして23年には、帝国議会が開設され、教育勅語が発布されました。
この2年間に日本の新たな姿が明らかになったわけです。
たまたまなのか意図していたのか、それはわかりませんが、伊勢の式年遷宮と同じ時期になりました。
明治天皇は神武建国の精神を基礎として、これからの新たな時代に向けた国の弥栄を、式年遷宮の宮柱に重ね合わせて神々に祈られたのでしょう。
伊勢神宮「お伊勢さん」と親しく呼ばれる、伊勢神宮の公式サイト。正式には「神宮」といい、2000年の歴史を有する日本人の「心のふるさと」です。

www.isejingu.or.jp
