『米國との絛約改正
是れより先き五年二月、岩倉大使の一行は米国華府に於で大統領グラント、國務卿フキシユの歓待を受けたが條約改正の交渉は思はしからず、大久保、伊藤の両使は一旦歸國して政府と協議の上出直すことヽなり、三條太政大臣は副島外務卿に條約改正案の審査を命じた。伯は伊藤副使と打ち合せ、案を練り上けて政府の同意を得、伊藤副使は之を携へて再び渡米したのであるが、米国は大體我の主張を容れたに拘らず、その實施期は各條約國との改正傑約が批准済となつてからといふことに抜け穴があつて、その條約は無数に歸した。(中略)
木戸副使は何を感じてか、渡歐中歸國する渡邊洪基に先生への下の傳言を託した、「木戸は我日本人に對して別に恥づべきものはないが、唯一副島には恥ぢてゐる。」先生は「木戸君は正直な處がある。往々私と議論は合はなかったが、この傳言は何のことかわからない」と語ったが、疑ふまでもなくこれは絛約改正が意の如くならず、副島外務卿が獨力各国と折衝して日本の地歩を占めつつあるに比して、衷心恥づるのいみであろう。』(同書)
外交には知識や交渉能力は当然として、誠意と信念が大切なのだと思いました。
それは副島翁の清国との交渉などでも明らかです。