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大和心

第258回 日本外交の勝利(清国)~副島種臣

著者:小山一夫 / 公開日:2023-06-24

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

『先生が對支外交に偉大の功績があつたのは、つまりその人物識見、學間文章の力が、清國の官吏を敬服せしめたからであらう。外交家の手腕とは決して小手先きの軽業ではないのである。ゴマカシの奇術曲藝ではないのである。

外交不振といふことが熊公八公の口の端にも上るのは、必しも時勢の變態によるのみでない。外國文化に對する理解なく自國古典に對する素養なき、吹けば飛ぶやうな通辮的外交官が多いことに、掩ふべからぎる弱點があるといふべきでないか。

丸山幹治』(「副島種臣伯」みすず書房)

『支那へ出発する前に、先生は西郷に手紙で、知らして置いた。大隈の談によれば西郷は時局の上から副島伯の支那行を不可とし、引留める手紙を寄せた。これには兵を挙げて内閣を叩き潰し、新政を布くといつた意氣込が言外に溢れでゐた。先生は熟考の上、やはりゆくと返事をした。』

『上海を経て天津に着き、李鴻章と舊交(きゅうこう)を温めた。李は日本での流言を知つてかど うか、自分の力の及ぶ限りの待遇をし、卿を迎へて、清國の権力を任せたい、清廷に仕へてくれないかと相談を持掛けた。先生は断つた。李「それではなぜ大久保等と仲よくして政府に仕へないか」先生 「それもいやだ」李 「卿は大久保の上に立つを欲せぬ。また大久保の下に立つことも欲せぬのか」先生「不爲人上、不爲人下、心允寧静、大福長者」といつた。李は唖然として、やがで呵々大笑した。』(同書)

清国の李鴻章は日清修好条規、琉球王国問題の外交で直接対決した経緯から、副島翁の人物を高く評価していました。それにしても清国からみればある意味敵対国ともいえる日本から、副島翁だけをスカウトするとは驚きです。