明治34年御製です。
ちはやぶる 神のこゝろを 心にて
わが國民を 治めてしがな
明治の激動の世が、つかの間の落ち着きを見せた34年に詠まれた御製です。
政治的な面もそうですが、他にも日本の根幹を揺るがすような議論が行われていました。
明治17年、福沢諭吉はキリスト教の国教化主張します。
18年には、英語の国語化を提唱(国語外国語化論)していた森有礼が初代文部大臣となりました。
35年には、漢字廃止(音標文字化)を前提とした国語調査委員会が発足します。
日本語や漢字の廃止は、過去の文化を捨て去ることに繋がります。
それは慶応3年の明治天皇の勅令「王政復古の大号令」の主旨に反するものでした。
「王政復古の大号令」において、天皇は「諸事 神武創業之始ニ原キ」と述べられています。
つまり富国強兵のために欧米の知識を積極的に吸収する必要性はわかりますが、だからと言って、キリスト教を国教とし天皇が率先して洗礼を受けよとか、日本語を廃止して英語を国語にしろとか、日本語の漢字や仮名を廃止してローマ字にしろとか、とんでもない案がかなりの勢力を得ていたからです。そしてついに英語の国語化を提唱する森有礼が初代文部大臣となるに至ります。