
皇学という語があります。
あまり一般的ではありませんが、伊勢に皇学館大学があるくらいなので、神道の世界ではよく知られた語です。
皇学と国学は何が違うのか、と言いますと、私は学問の目的の違いだと思います。
国学は歴史、文学、文法、語彙、考証、法律、思想等幅広い視点から古き良き日本を知ろうとするわけです。篤胤などは神道や歌学のみならず、仏教、儒教、天文、蘭学、医学等迄視野に入れています。宣長が古典を重視した頃とは、同じ国学でも、時代の関係かアプローチの方法が変化しています。
皇学は単に古典を研究したり、我が国の素晴らしさを再発見するだけでなく、王政復古の大号令にある「諸事神武創業ノ始ニ原キ」を思想的に裏付ける(後押しする)意図が窺えます。
神武天皇の時代は、確かに天皇親政でしたが、その具体的な制度については記録がありません。もし天皇による祭政一致を理想とするなら、恐らく天武天皇の時代が参考になると思います。