
天武天皇の政治は、皇親政治と言われるほどの強権で様々な制度をつくり、国の基礎を固めてゆきました。その後も後醍醐天皇や村上天皇の「延喜・天暦の治」など天皇親政と言われる政治もありましたが、ダイナミックさと新たなものへの挑戦という意味では、やはり天武天皇に軍配が上がるのではないでしょうか。
日本書紀を見ますと、天武天皇の御代では過去に例をみない程、毎年のように地震が多発しています。天武7年の筑紫國大地動も含めて、なんと18回も地震や大地動等が続いたのです。
特に13年の白鳳地震は「かつてなかったほどの地震」だったと書紀に記録されるほどの大地震でした。山崩れ、大津波、火山の噴火等々天変地異の連続だったようです。
天武天皇は当初、ひとりも大臣をおかず、自身と皇族により政治を取り仕切りました。これが皇親政治と言われるものです。
明治時代もやはり地震が度々ありましたし、さらに新たな脅威として欧米の強圧に見舞われました。これもまた一つ間違えれば、日本の国柄が一変するような深刻な危機だと受け止められたことでしょう。