
明治14年(1881)に、日本初の肖像入りのお札が発行されました。
その時に採用された肖像画は、神功皇后でした。その翌年には5円券が、さらに翌翌年には10円券が発行されましたが、なんと総て肖像画は神功皇后。
その肖像画は、明治天皇の御真影の制作にも関与したキヨッソーネ(イタリアの銅版画家)の作品でしたので、1円券は洋風な顔立ちの胸像でした。ですが10円券では日本風の顔立ちに変わってゆきます。
王政復古の大号令で、「諸事 神武創業之始ニ原キ」と言いながら、なぜ天皇でもない神功皇后が選ばれたのでしょうか。それも3種類総てで採用されたとは驚きです。
独立行政法人 国立印刷局 - お札と切手の博物館 - 改造紙幣(神功皇后札) 1円独立行政法人国立印刷局 お札と切手の博物館ページ。歴史とともに歩んできたお札や切手。そこには社会、経済、文化、技術、技術の移り変わりが反映されています。お札と切手の博物館は、お札や切手を総合的に学べる博物館です

www.npb.go.jp
「明治10年の大蔵卿の上申書に、神功皇后の肖像画をお札に採用する理由は、皇后が三韓に金銀を貢納させており、金銀を重んじていたからであると記されています」(「お札ときっての博物館」)とありますが、私にはとても違和感があります。
明治10年と言えば、西南戦争があった年です。1月29日から9月24日までですが、国中大騒ぎするような大事件でした。
明治10年の大蔵卿といえば大隈重信ですが、彼が上申書とはいえ、征韓論に起因して起きたともいえる西南の役の最中に、金銀を重んじた云々の理由で「三韓」を持ち出すとは考えにくいと思います。ですが実際にそのような上申書があるわけですから、只々「違和感」を感じます。
つづく