
本居宣長(1730-1801)も「直毘霊」冒頭で次のように述べています。
「皇大御國は掛まくも可畏神御祖天照大御神の、御生坐る大御國にして、
萬國に勝れたる所由は、先こゝにいちじるし、國といふ國に、此大御神の大御德かゞふらぬ國なし」
我が国は「天照大御神の、御生坐る大御國」であるが故に神聖であり優れている、と言いますが、同時に「國といふ國に、此大御神の大御德かゞふらぬ國なし」とも述べ、御神徳の広大さを示唆しています。
つまり天照大御神の恩恵を受けるのは我が国のみに非ず、ということです。
ただ、ここでは「御生坐る」の解釈が難しい處です。
なぜなら地球が太陽よりも先に生まれることになってしまうからです。
本田親徳翁ならば、この点について然るべき説明を用意されていますが、宣長はその点を意識していなかったようです。
ところで長い鎖国も影響しているのか、宣長は、神国故に危機に際して特別に神の護りがあるとまでは言っていません。