
『怒り狂った翌日、天皇は「祖先の神々や先帝に報告する者を速やかに人選せよ」と命じます。
もう中止は不可能であることを悟ったのでしょう。これ以後、戦争終結までそのような迷った態度は見せることなく大元帥としての務めを果たしました。
戦争中の御前会議は九十回にも及び、天皇の決断が頻繁に求められた。大本営の広島進駐にともない天皇も広島へ移ります。政治と軍事の権限を統合出来るのは彼しかあり得ないのです。』(「明治天皇を語る(新潮新書)」)
平和を望まれた明治天皇も開戦後は、被害の最小化と早期終結のために日夜会議に参加されました。衰えたとはいえアジアの雄、「眠れる獅子」清国が相手です。とても気を抜くことなど出来ません。
戦争が長期化したら日本は明らかに不利ですから、どうすれば良い形で終われるか、をお考えになられていたことと思います。それと「神武創業之始ニ原キ」新たな国造りが始まったばかりですので、一人でも犠牲者を少なく、と思われたことでしょう。
ドナルド・キーン - Wikipedia

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