多大な犠牲者を理由に、国民からも非難され、自宅に投石をされるなど乃木大将も苦しんだことでしょう。ですが、天皇の信頼に応えようという思いが彼を支えたのだと思います。旅順では二人の子息が不幸にも戦死されましたが、乃木大将は最後まで諦めることなく、ついに要塞を攻め落とすことができました。
降伏したステッセル将軍とロシア兵に対する対応は、日本の武士道として広く世界に伝わりました。日露戦争終了後、ステッセル将軍は降伏の責任を問われ、軍法会議(1908)で死刑宣告を受けます。しかし翌年、特赦により禁錮10年に減刑されました。その背景には乃木大将による助命活動がありました。
さらにステッセルが生活に困窮していると聞いた乃木大将は、名前を伏せて何度か生活費を送ったと言われています。お互い憎しみ合って戦ったわけではなく、軍人として国家のために対立したわけです。死力を尽くした者同士にしかわからない思いがあったのでしょう。
後に、ドイツ、フランス、ルーマニア及びイギリス王室などから乃木大将は勲章を受けています。
ドナルド・キーン - Wikipedia

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