「茲ニ新年ヲ迎󠄁フ。顧󠄁ミレバ明治天皇明治ノ初國是トシテ五箇條ノ御誓文󠄁ヲ下シ給ヘリ。曰ク、
一、廣ク會議ヲ興シ萬機公󠄁論ニ決スヘシ
一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ經綸ヲ行フヘシ
一、官武一途󠄁庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂󠄂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要󠄁ス
一、舊來ノ陋習󠄁ヲ破リ天地ノ公󠄁道󠄁ニ基クヘシ
一、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起󠄁スヘシ」
という文章を入れるよう要望されました。
昭和52年(1977)の天皇会見では、次のように語られています。
「それ(五箇条の御誓文を引用する事)が実は、あの詔書の一番の目的であって、神格とかそういうことは二の問題でした。当時はアメリカその他諸外国の勢力が強く、日本が圧倒される心配があったので、民主主義を採用されたのは明治天皇であって、日本の民主主義は決して輸入のものではないということを示す必要があった。日本の国民が誇りを忘れては非常に具合が悪いと思って、誇りを忘れさせないためにあの宣言を考えたのです。はじめの案では、五箇條ノ御誓文は日本人ならだれでも知っているので、あんまり詳しく入れる必要はないと思ったが、幣原総理を通じてマッカーサー元帥に示したところ、マ元帥が非常に称賛され、全文を発表してもらいたいと希望されたので、国民及び外国に示すことにしました。」
人間宣言 - Wikipedia

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