明治37年御製
かみかぜの 伊勢の内外の みやばしら
動かぬ國の しづめにぞたつ

日本が神国であるという記述は、日本書紀の神功皇后紀に初出します。
解釈はいろいろありますが、私は「神祀る国」という意味だったと理解しています。
その後、南北朝時代の北畠親房が「神皇正統記」に「大日本ハ神国也」と述べたことで、日本=神国という思想が確立した感があります。ただ、ここでの神国は神が守る国という意味も含んでいました。それは鎌倉時代の元寇(弘安・文永の役)の経験が重なったからです。
当時の元は世界最強の大国でした。
その大軍を日本は迎え撃ったわけですが、そこには神風と言われた暴風雨の助けがありました。その為に、いざとなれば神々が日本を守ってくれるという思想というか信仰が説得力を得たのだと思います。
以来、日本=神国思想は太平洋戦争の頃まで軍人達の心の支えになりました。
しかしながらその思想は、根拠のない無謀な精神論に繋がり、日本を焼け野原にする悲惨な敗北を招きました。
しかし明治天皇は、常に冷静に状況を判断されました。
敬神の念は誰よりも強く持たれていましたが、人事を尽くさずに神の加護を得ようとは思われませんでした。何事にも最善を尽くすこと、考えに考え、努力を積み重ね、冷静に賢明な御判断を為されました。その結果が、世界中で明治大帝と称えられる偉業に繋がったのです。