以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
古神道の視点から、祓祝詞を考察します。
******************
本田親徳翁は「道の大原」に於て
「幽斎は霊を以て霊に対し、顕斎は形を以て形に対す、故に幽斎は神像宮殿無くして真神を祈る。顕斎は神像宮殿有りて衆神を祭る。俗学蒙味にして古義を知らず、混じて以て一と為し、岐(ワカ)れて以て万と為し、底止する所無し、実に祭義の大疵なり。」という。
佐藤卿彦翁の解説には
「霊を以て霊に対するの本田翁の学説と研修方法は他に類例のないもので、此の鎮魂、帰神の二法たるものは、何の伝流を持って来ても之に及ぶものは無いと思う。
特に幽斎の法たるものは、正しい心身を以て行なわなければ真神に通ぜぬばかりでなく、其の深奥を覚る事も出来得ないので有る。
帰神の際に審神者は、神主の心身を浄めて、而して霊の御降りを願う(転霊)にしても、神主の霊魂が曇って居る時は如何にしても善霊が憑られないものである。」
「幽斎と顕斎の二者を判然とさせたもので幽斎なくして顕斎なかるべからずと解説されても居るもので幽斎の如何に大事であるかを知らなければならない。
古の義を知らないで何もかも同一にしてしまい諸説紛々、一神教、多神教等と称えて止まる所がないのは祭りの義に大きな疵となっている事を説いている。」とある。
本田翁はこの幽斎を再興されたわけだが、それは顕斎だけでは神に通ずる事ができないという理解に起因する。勿論顕斎の価値を否定するものではないが、顕斎が伝統という名の下で形式主義に陥ったのを危惧したためだろう。
佐藤翁もしばしば、幽斎と共に祭式も学ぶように弟子達に仰っていたが、それは本田翁の「幽斎にして顕斎ならざるも亦非也」にも通ずる教えだ。
つまり顕斎には幽斎の裏付けが必要であり、顕斎が形だけで行われるなら、そこには神の働きはほとんど期待できないということだ。浄心・敬神の手本のような方ならば「至誠通天」もあろうが、これは極めて難しいと言えよう。