以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
古神道の視点から、祓祝詞を考察します。
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「現代人のための祝詞-大祓詞の読み方」によれば、現代語訳は以下の通り。
「口に出して言うとしたら、そうすることも恐れ多い(国土万物を生んだ男神である)伊邪那岐の大神が、筑紫にある日向の橘という所の小さな水門の側にある阿波岐原で[身の罪や穢れを] 水に漬かって洗い清め、[災難などを] 除き清めなさった時にお生まれになった祓え戸(という、祓えをするための場所)を守る(四柱の)立派な神々が、すべての悪いこと、災いを招くこと、(さらには)不浄なことが起こったとしたら、それらを除いてくださり清めてくださいと、[祓え戸の神々に]申し上げることを、[祓え戸の神々は]お聞入れくださいと、恐れ多い恐れ多いと思って、[祓え戸の神々に]申し上げる。」とある。
神職や学者の方々に、この祝詞についていくつかの質問をしたいと思う。
1.古事記で黄泉国に行ったのは伊邪那岐神ではなく伊邪那岐命なのに、なぜ伊邪那岐神が禊をする必要があるのか?
2.黄泉国とはどのような世界で、どこにあるのか?
3.そもそも神である伊邪那美命に死はあるのか?
4.祓戸の大神等とはいずれの神なのか?大祓祝詞の四柱の神は禊の段に出てこないが。
5.天照大神が出現される前に「筑紫にある日向の橘という所」があるというのか?
それでは太陽ができる前に地球ができたことになってしまうが。
6.そもそも罪穢れとは何なのか?
以上の疑問点を頭の片隅に置きながら、祝詞を読み解いてゆこう。