明治37年御製
くもりなき 人の心を 千早ぶる
神はさやかに 照しみるらむ

人は曇りなき心を持つことで、神々の輝きをまとうことができる。
心が清らかではなく強欲で、自分たちの利益しか考えないような政商と軍人達が結託して、他国を侵略してゆく。局地的な紛争を繰り返すことで既成事実をつくり、それを国家間の戦争へと導く。19世紀であっても、このような初期の軍産複合体が暗躍していたように思います。
日本でも日清戦争の結果、下関条約で、朝鮮の独立、台湾と遼東半島と澎湖列島の割譲、2億両の賠償金支払、清の一部港の開港、最恵国待遇などが決定されました。
しかし批准交換までに三国干渉(フランス、ドイツ、ロシア)により、遼東半島は清に返還することになりました。
この2億テールを含め総額2億3000万両は、当時の3億6千万円程になります。当時の日本の国家予算の3~4倍と言われています。ただその使途は8割強が軍事費に回されたので、国民生活の改善にはあまり役立っていないようです。
このように戦争に勝てば賠償金や領土が手に入るという成功体験を持ったことで、戦争における悲惨さが二の次になってしまったのではないでしょうか。
現実には多くの若者の命が失われたにもかかわらず、戦争が利益獲得の手段であるかのような意識を軍部や政商達に与え、またマスコミを通した情報操作により国民の目を曇らせていったような気がします。
天皇は恐らくただ一人冷静に国家の危機を憂いておられたのではないでしょうか。世論に流されず、惟神の目線で世界をご覧になられていたのだと思います。