明治37年御製
國民の ひとつこころに つかふるも
みおやの神の みめぐみにして

明治神宮の「365日の大御心」では、次のような口語訳になります。
「国民が心を一つにして国のためにつくしているのも、御祖神の御恵みがあってのことと思われる。」
明治神宮の「365日の大御心」では、次のような口語訳になります。
「国民が心を一つにして国のためにつくしているのも、御祖神の御恵みがあってのことと思われる」
世界の強国ロシアとの戦いは、日本の存亡を賭けた戦争でした。
天皇は決して望まれていませんでしたが、もはや避けられないこともわかっておられたと思います。国民の心をひとつにして国難に立ち向かうしかないと御感じになられたことでしょう。
日清戦争もギリギリの戦いでした。経戦能力が十分でなかったからです。財政的にも戦力的にも大変苦しい戦いでした。勝てたのは奇跡に近いものでした。まさに神の「みめぐみ」だったのです。
そして台湾での反乱軍鎮圧(1895)、朝鮮・京城事変(1895)、韓国独立承認の日露議定書調印(1898)、北清事件(1900)と続き、1904年の対露断交に至ります。
国力としては日露の差は比較にならないほど大きく、世界各国も日本の敗北を予想していました。日英同盟はありましたが、共に戦ってくれるわけではありません。あくまでサポートしてくれるだけです。戦費の調達も当初は絶望的でしたが、これを奇跡的に解決し、何とか戦えるところまで準備ができた訳です。
結果として清国と露国に勝つことができましたが、まさに薄氷の勝利であり、陸海軍の将官達は皆それを自覚していました。勝利の立役者のひとり東郷平八郎元帥が1934年に亡くなられた後、重しを失った軍部は無謀な戦争に突き進んでゆくのでした。