以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
古神道の視点から、祓祝詞を考察します。
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「筑紫の日向の」
「古事記」(岩波文庫)では、「竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原に到りまして、禊ぎ祓ひたまひき。」とある。その注釈では「所在不明」としている。
「現代人のための祝詞-大祓詞の読み方」では、
「筑紫」を「所在を示します。広い所在地名から、以下、徐々により狭い所在地名の順で紹介していく表現形式です」。
「日向の」を、「九州全体を指していうこともあり、古くはそうでした」
「宮崎県を指す国名か、単に日に向かった所をいう汎称か」
というが、新井白石のように「神とは人也」(「古史通」)というスタンスで、禊の場所も現実に存在する地名に結び付けようとしている。もちろん地名は後世になって人間がつけたわけだから、伊邪那岐神が禊を行った時点では、当然地名などない。
「善言美詞」では
「筑紫は藎くしである。究極である。完全無欠、円満具足、数でいえば九である」。「無論筑紫とか九州とかいう地名が先に起こったのではなく、地名は、後で付けられたもので、本来は筑紫も日向も天地創造の際からの語である。」として「地球の修理固成ができぬ以前から成立している言霊で、日向は光明遍照の義で東と同一同源である」と説明している。
「筑紫の日向」を、特定の地名とするには無理がある。
天照大御神が生まれる前に、筑紫の地や、橘という所の水門があったと言うのだろうか。だがそれでは太陽ができる前に地球があったことになってしまう。これは古事記の太朝臣安萬侶の序文にあるように「説神理」として受け止めるべき。