神道と日本の記事一覧

大和心

第375回 祓祝詞を考える―14

著者:小山一夫 / 公開日:2024-04-06

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。

古神道の視点から、祓祝詞を考察します。

******************

「祓戸の大神等」

「善言美詞」では、これら4柱の神々についてそれぞれの働きを述べているが、宣長や篤胤のように無理に記紀の神々に関連付けようとはしていない。

『以上の神を祓戸四柱の神と称し、宇宙一切の新陳代謝の神界の大機関となしたまう。この機関によって、太陽、大地、太陰、列星、及び人類動植物に至るまで完全に呼吸し、かつ新陳代謝の機能全く完備して、おのおのその生活を完全ならしめ給えり。この神業を「九山八海の火燃輝の緒処の青木原に楔祓い給う」というなり。』

「祝詞略解」出口王仁三郎(以下「解)によると、

「祓戸四柱の神、即ち瀬織津比賣、速秋津比賣、息吹戸主、速佐須良比賣の四神である。凡て大修祓執行に際しては八百万の神々は常に此四方面に分かれて活動を開始し、諸々の枉事罪穢を祓い清め給うので、天津神たると津神たるとを問わず、又宇宙全体たると、地球全体たると、また一郷一村一身一家たるとを論ぜずして四方面の修祓が起こるのである。」

ところでこの祓戸大神達が前述の四柱の神々だというのは、大祓祝詞を根拠にしているわけだが、言うまでもなくこの神々は伊邪那岐大神の禊祓の際に生り坐せる神々ではない。そこが宣長らを悩ませたわけだが、なぜ四柱の神々だと決めつけるのだろうか。

大祓祝詞は中臣氏に伝承されていた祝詞だが、この祓祝詞は、日常的に用いられる祝詞であり、大祓祝詞の様に国家レベルの大きな対象を祓うものではない。つまり使われる目的というか、その対象が異なるわけだ。もし四柱の神々しか祓いができないというなら、中臣氏が祓いの神事を独占していたことになる。

だが、祓いは祓戸の大神だけが行える神事ではない。それぞれの大神、そして御眷属の神々も祓いの御力はお持ちである。この祓祝詞で働く神々が、伊邪那岐大神の禊祓いの際に生り坐せる神々であるというならば、必ずしも先の四柱の神々でなくてもいいだろう。