「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。


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『清国行を前にして、副島は鹿児島の西郷隆盛に書簡を送っているが、現在それは失われ、西郷の九月二十八日付の返信が伝えられ、「蒼海遺稿」、「大西郷全集」に載せられている。書中に西郷は「支那行御催しの趣、新聞に一見いたし意外千万の事に御座候」と言う。
「経歴偶談」によれば、副島は出発以前に予め手紙を西郷に贈り、かつ出発の節に書生の一人鈴木恭信(鹿児島人)を特別飛船に乗せて鹿児島に遣わして、欝々として楽まぬ故に、当分清国に漫遊するということを西郷に伝語させた。数月前、副島が東京から送った信書について、書生が問うと、西郷は落手していないと答えている。なお西郷は城山で死ぬ三日前、岩崎谷の洞中において岡部という男を呼んで永訣を告げ、汝はここを去り脱出せよ、そして他日副島が清国から無事帰国したら、予の遺言一語を伝えてほしいと言った。曰く、「慎しみて『勿死工夫(しなぬくふう)』をしろ」と。岡部は幸い城山を脱出し、翌年副島帰国後に上京し、鈴木恭信を伴い副島宅を訪問し、西郷の遺言を伝えたのである (「全集」2、473) 』(「副島種臣」吉川弘文館)。