副島種臣の誉れ|明治天皇さま|明治神宮副島種臣の誉れ|明治天皇さま|渋谷区代々木鎮座。大正9年11月1日創建。明治天皇、昭憲皇太后を祀る。他に神宮外苑、明治記念館のご紹介等。

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明治の元勲にして本田親徳翁の高弟であった副島種臣翁の「蒼海窓閑話」(明治31年12月)を御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。


蒼海窓閑話卷之上
『風雨晴曇等ノ掟ハ天地ノ始ヨリ定リシナリ。神明ト雖モ變スル不能ルナリ。若神明人ノ所願ニ從フトナラハ、四大洲ノ人民各ニ其所好ニ從テ冀願スヘシ。如此ナレハ大地球ノ神政、朝立暮變、坤軸忽チ摧破セン。弘安大風賊艦ヲ覆セシ如キハ偶然ニ出ルノミ。七八月ノ候、況ヤ大風ノ多キ時節ニ非スヤ。』(『副島種臣全集3』)
弘安之役とは『文永の役』から7年後の二度目の元寇のこと。
疫病と台風により元軍は撤退することになるが、この事実が後に誤った「神国日本」という幻想を与えることになる。
日本書紀・神功皇后紀に新羅王の『東に神国あり、日本と謂ふ。亦聖王有り。天皇と謂ふといふことを。必ず其の国の神兵ならむ。』との記述がある。ただこの場合は仏教伝来後の編纂であり、その対比として書かれたものと思われる。
南北朝時代「神皇正統記」(北畠親房)を見ると『大日本者神国也。天祖ハジメテ基ヲヒラキ、日神ナガク統ヲ傳給フ。我国ノミ此事アリ。異朝ニハ其タグヒナシ。此故ニ神国ト云也。』とあるが、神々が外敵を駆逐し、日本を無条件で守護するという意味ではない。。
宣長の「直毘霊」には
『皇大御國は、掛まくも可畏き神御祖天照大御神の、御生れ坐せる大御國にして、萬の國に勝れたる所由は、先こゝに著し、國といふ國に、此の大御神の大御德みかゞふらぬ國なし』
つまり我が国は神の「御生れ坐せる大御國」故に尊いという。
「國といふ國に、此の大御神の大御德みかゞふらぬ國なし」とあるように、日本だけに神の大御德みがある訳ではない。