滄海窓問答に、「邇々芸命の名義は、知なり。和の一字を以て人民の主(ヌシ)と為る。凡そ人君の人民に臨むには、和を以て先と為さざる可からず。其の他の諸魂は、蓋じ其の後に従ふなり。」 とあり、邇々芸命は和魂の神気を以て、地気地体(ナキナミ)が合い親睦致して万物の生産を起さしめる力を持つ神で、其の名の邇は和魂の義であると本田翁は断定して居られる。
又鎮魂に就いて、 「天照皇大御神の玉鏡劔に御心を付け賜ふも、離遊の運魂を招きて身体の中府に留むるも自他の違ひあるのみにて、其の霊魂の憑付く処、同義なるものなり」と、尚、「此の鎮魂の条に魂の憑り付く処に自他の差あり。今我云ふものは鎮魂のみの謂に非ず。神界妖魔界の憑り付く所以の班、善悪の分界なりと雖、悉く此処の本文に則を執らざるなし」と、此の様に人(霊止)の心の正邪に活動致す分野に依って憑り付く正邪の神の居る事を教えて居られる。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)
(注)三種の神宝(神器)とは、伊勢神宮内宮の八咫鏡、熱田神宮の天叢雲剣(草薙剣)、皇居剣璽の間の八尺瓊勾玉を指す。「之を見ること猶吾を見るが如くせよ」との神勅は、日本書紀の宝鏡奉斎の神勅に通ずるものだ。
本田翁は、邇々芸命が和魂の神と述べている。もちろんこの神にも一霊四魂が備わっているが、その中でも和魂に特別な働きがあるという意味だ。
(注)「祝詞新講」では、「我が」を「神漏岐命神漏美命から皇孫を親愛して仰せられる語」としている。