「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。


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『(ハ)神と人
「真道問対」の第三十八章に
問 大地球は死生無くして万物に死生有るは如何。(副島〉
対 本体死生無くして末体に存亡有るなり。末体存亡ありて子承け孫継ぐ。猶存亡無きがごとし。故に身体髪膚重んぜざる可からず。
神は自ら万物の始祖を造る。誰か各祖と形体同じからざる者ぞ。子承孫継の理を知れば則ち我が体は父祖の遺体にして子孫は我の後身たるを知る。四海同胞、神人一系、身体髪膚の重んぜざる可からざる所以なり。唯体やは霊ありて用と為る。而して霊やは自己力徳の取る所にして父祖の譲る処に非ざるなり。(本田)
この一章は非常に示唆に富んでいます。体は父祖の遺体であるが、それは霊があってその用となるので、霊は自己の力徳の取る処で父祖の譲りではない。此処で「道之大原」の第六章に「上帝四魂一霊を以て心を造り之を活物に賦す」とあることを想起します。そうしますと上帝は自己の四魂一霊を活物たる人に賜うのでありますが、之を取るのは自らの力徳に由るのであって、その力徳はいつ造成され、又上帝の賜う霊を取るのは何時のことかという問題になります。
次に前章の続きに
夫れ身体髪膚を重んずるは万物の同じく然りとする処の本情なり。本情有りと雄も霊性有らず、霊性有らざるが故に道義を知らず、道義を知らざるが故に死して善く道を守るを知らず。万物の人に及ばざる所以なり。