「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。


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ここで副島翁の鎮魂法について述べたい。
『みねの回想では、「先生はよく壁に向かって長い間だまって坐って居られて、今まで神様とお話をして居た―神官達のいふ神様ではないと言はれました。お宅の門をくぐりますと、先生をだまさうと思って行った人でも、一切を自状してしまいたくなる程先生は神様にお近いなどと皆でおうわさして居るのを聞きました。」という。』(「名ごりのゆめ」今泉みね著)
これは自感法か鎮魂法を修していたのだろう。「神官達のいふ神様ではない」というのは、当時擬人化された神を信仰の対象にしていた人が多かったからと思われる。(或いは大神ではないという意味か?)
かつて副島翁の鎮魂法についての逸話を聞いたことがある。
部屋に籠ったままの翁を案じて襖を開けた家人がいた。その時翁は光る玉に向かって静かに座っていたという。それで翁の鎮魂石は真珠ではないかという話題になったが、真珠を鎮魂石にはしないということでその話題はそれで終わった。恐らくは白い羽二重を見たのか、或いは鎮魂石の御神霊の輝きを感じたのか、それは分からない。(鎮魂法では通常、鎮魂石を他人に見られないようにと指導されるが、箱に入れたまま、或いは社に収めたまま鎮魂する場合もある)