以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。

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『○此く依奉りし国の中に。
とは、邇々芸命が天降りされる所の義である。国の中とは、何所と場所の定めは無い、所謂祝詞を奏上する者の居る所を国の中と申しているものである。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)
(注)「読み方」では、「このようにお任せもうしあげなさった国のなか」。
(注)「祝詞用語表現辞典」では、「依さす」を「寄すの尊敬語。ご委任される。ご依頼される」
『○荒振神等を神問しに問し賜ひ。
荒振神等については、古事記身禊の件(クダリ)に『悪(アラ)ぶる神の音なひ、狭蠅(サバエ)なす皆満ち、万(ヨロズ)の物(モノ)の妖悉(ワザワイ)に発(オコ)りき』、又〔天若日子〕の件に 『豊葦原の千秋の長五百秋の水穂の国は、いたくさやぎてありなり』。
次にも亦 『この葦原の中つ国は、我が御子の知らさむ国と、言依さしたまへる国なり。かれこの国に千早振る荒ぶる国つ神どもの多(サワ)なると思ほすは、何れの神を使はしてか言趣(コトム)けなむ』。と此のように荒振る神等が天つ神の御心の造化の事業を妨害致そうと待ち構えて居るもので、本田翁は荒振る神等を妖魅霊と申して居られる。此の妖魅霊が『妖悉(ワザワイ)に発(オコ)りき』、即ち禍を振り撒いて生成化育を妨害して居るものである。
神問しに問し賜ひ、とは、言趣(コトム)け和らげる神を遺わして、服(マツロ)わない理(コトワリ)を訊ね賜う事。であるが是は設神理を以て吾々に和魂の和を以て親睦させる理を述べて居るものである。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)