以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。

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『○神掃ひに振ひ賜ひて。
神掃ひ、とは神が穢や災い等をお祓いになる事であり、「掃ひに振ひ賜ひて」で、祓い清めが行なわれたと申す事となる。此の神掃いも、祈る人の真心を介して神掃いの神威が発揮されるもので、この真心が神界に届かなければ神のお活きは全く無いものである。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)
人間に起因しない自然界の穢れは神自身が祓い清めるが、人間に起因した罪穢れは人間が神にお願いをして祓い清めて頂くことになる。
(注)「読み方」では、「神が追い払うこととして追い払いなさって」。
(注)「善言美詞」では、「掃い清めること」
(注)「祝詞新講」では、「直前の句を承けてて,『神問はし』によつて、帰順し奉るように仕向けられたにも拘らず、なほ暴威を振舞ふ神達は、之を討伐して其の地から排ひやり給うた事をいふ。(中略)神代史によれば、経津主神と武甕槌神二神が、大命を受けて中国に下つた時、直ちに帰順したのは、大國主神と其の子の事代主神とであつて、同じ子の建御名方神は一時反抗したが、信濃の諏訪に追ひつめられて其の地で伏した。そこで二神は更に其の他の悪神を討伐して、遂に中國を悉く平定し得たので、其の旨を高天原に復命した事になつてゐる。右の二句は、此の神話を簡潔に叙べたものである」
ここでも建御名方神を悪神として扱っている。本田翁は建御名方神を地球の動力と説明している。これらの神は全て正神であり、大自然の働きつまり自然法則そのものである。本田翁の「真道問対」には、
「大地球の動力の別称は、建御名方富神なり。此の本力よりして、而、万物の動力を発す。故に之れを末力と謂ふ。動力は固より霊覚無し。而して今霊覚有る者は、勇魂相応ずるなり」とある。なお「建甕槌命ハ大陽ノ荒御魂。経津主命ハ大阳ノ和霊」(本田親徳全集)。