神道と日本の記事一覧

大和心

第476回 本田霊学の継承-25

著者:小山一夫 / 公開日:2024-08-05

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

**********************************

自身の霊統や神縁の如何によって、神社との相性も人それぞれだ。本田翁の場合、神神社が霊学修行に最も適していたということなのだろう。特に帰神術の場合はそれが言えると思う。

だが本田翁の場合、ここでは帰神術といっても他感法ではない。審神者が居ないのだから当たり前だが、神感法と自感法だろう。神感法は神界の計らいによるので自ら望むことはできないが、自感法の鍛錬ならば神界の許可を前提として、神社の神域で霊肉分離の修行ができる。環境的に受身形の方がやり易いように思われるが、たとえ神社であったとしても、正邪不明の憑霊になるリスク(審神者不在の為)を考えると、自感法による能動的な合一を選択されたと思われる。

筆者も過去に何度か睡眠中に幽斎の稽古を受けたことがある。佐藤先生の御存命中は夢の中でも先生が審神者であったが(他感法)、帰幽されてからは、神社本殿前の白い玉砂利の上に坐し、審神者は不在であった(神感法)。いずれの場合も、実際に幽斎を受けている時と全く同じ状態になり、(夢の中で)体を切る。そのリアルな霊的感触は目が覚めてからも鮮明に残っている。つまり神感法で正神界の神気を何度も受霊するならば、次第に正邪の判別がつくようになるということだ。

そうなれば神域で、全身ではなく半身までの受身形の受霊が可能になる。この場合、審神者がいないため他感法はできないので、体を切るような深い受霊は好ましくない。そこで腰のあたり迄にとどめておく必要がある。(但し正邪の区別がつかない内は不可)

ここまでを整理すると、まずは神気を感じられるようになること。次に神気の正邪が判別できるようになること。そして神気との合一を経て、霊肉分離と受霊の鍛錬すること。

あくまで推測だが、本田翁も神社参籠の際に、そのようなプロセスで修行されたのではないだろうか、と想う。