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大和心

第502回 本田霊学の継承-36(2/5)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-08-19

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

顧みれば、筆者が先生に初対面して入門したのは昭和十二年の五月であった。先生の一番最後の弟子として、先生に仕へてから、先生にして見れば丁度孫に相当する年齢で、智識学問の蘊蓄に於いても比較にならぬ筆者を叮嚀に誉めたり威したり又賺したり、時々は怒られたりして自分の子のやうに愛しみ教へ導いて下さった。そして毎日朝から晩まで翁の側で机を並べ差向ひに教へてもらった幾月日の中には、種々の出来事があり盡きぬ思ひ出があるのである。

先生の言はれるのには「此処へ来る弟子は多いが皆な術を目当てに来る。然しこの神術の道は上古は、天皇陛下のみが御行はせられたもので実に幽玄至貴なる神事であり、平田篤胤翁亡き後に於いて第一級的学者たる本田親徳翁でさへその研究に専心没頭して四十年もかゝってゐられるのである。それであるから学問知識もない平凡な普通の人が、簡単に神前へ座って口が切れたから出来たといふ様な、そんな安易なものではない。神術は実に難事中の至難なものである。真実の神懸は、先づ神典国史を研鑽して国体の尊厳なる由縁を知り、神々の御宏徳を知らねばならぬ。然して精神を鍛錬して不撓不屈の正しい精神を養ひ、徐ろに神懸の稽古をしなければ正統の神懸は出来るものではない。」等々、その鍛錬方法、本式の神術の実習方法等いろいろ伺ったものであった。

また審神の法に就ても種々と実地に教へていたゞいた。或時等はあの物静かな先生が身体を震はせて叱られたこともあったが、それは矢張り先生の大なる御愛情の鞭であった訳である。後で筆者は沁々有難く胸迫る思ひをしたのであった。然し今はこれ等も皆な思ひ出となって了った。

先生の日常に就ても色々の事があった。

先生はお耳が遠かったので、審神をせられるのに神主の告げを聞き取りにくいから、筆者が助手となり先生の隣に座って神主の告げを一卜区切りづゝ聞いては、それを先生のお耳の側へ口を当てゝ報らせたのであった。或る時は審神をしてゐられる先生の瞳からパッと光を発してゐるのを見掛けた事もあった。