神道と日本の記事一覧

大和心

第503回 本田霊学の継承-36(3/5)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-08-19

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

又来客があると筆者はその談話の中継ぎをして一々取次いだのであった。筆者はお耳の遠い先生と話をするのに馴れて居るので不都合を感じなかったが、たまに来る人は通話に困難をしたのであった。先生の話好きは一通りでなく、大抵来客の無い日はないのであるが、時によると午前中など未だ客が来ないと"今日は一人も見えない"と言って心待ちにしてゐられた。そして客が来ると意気込んで、世界情勢を説き、日本の立場を云為して、、陛下の世界を知しめす由縁を説き其の方法を論証せられた。談偶々神祇官問題に及ぶと、之が先生の畢生の目的であるから、上古の神祇官制度を説いて、明治維新の、改革の漸次西洋風に改変せられ、失敗した経緯を説明して、その制度が復古せられねば国威が世界を掩ふ事は出来ないと、有らゆる典據を挙げて説明せられた。論鋒が現行神社制度に至ると其の時代に則せぬ不備を、縦横にあらゆる角度より論究せられた。筆者が明治維新後の変遷の烈しい明治裏面史を伺ふと、翁の半生即生ける明治史であるので、その委曲を盡した明治史の真相を把握する事が出来るのであった。

新聞は五六種類も取って居られて皆な能く讀まれた。そして外は世界の情勢を、内は国内の動向を案じて静かに皇国の進むべき進に心を馳せて居られたのである。而も帰幽せられる日の朝もその事を口にして居られた。

雑誌も数種類購讀して居られた。尤も中には神道界の長老として、取らされてゐたものもあったが、喜んで買ひ取ってゐられたのである。書籍も実によく買はれ、その種類は矢張り国学の書籍が主であったが、其の他百科の書に及んでゐた。然して亡くなられる直前迄購讀を續けてゐられたのであった。書き物は少しおっくうと見えて、手紙や届書など筆者が代筆を仰せ付かったものである。

御霊璽の鎮座祭にも筆者は御手傳ひを務めさせて頂いたが、本年の正月元旦に行はれた鎮座祭には石笛の音が高く美しく冴へたので、先生は何年振りかでよい音が出たと大喜びであった。然しその後は遂にその時の様なよい音色を聞くことが出来なかった。