「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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『本田親徳翁略歴
霊学中興の祖とまで云われたる本田親徳翁は、文政六年鹿児島藩加世田の典医の子として生れられ、通称九郎と云い、幼時より漢学と剣道を修業せられた。天性俊敏気魄に富まれ、十九才にして大志を抱き郷関を出でらるるや、当時天下に令名高き水戸の碩学、会沢正志の門に入られ、学ばるること数年(三年)、其の後専ら皇漢の書を研鑽し、其の古典を深く考究するに従い、深遠玄妙の境地に思を致され、必ずや宇宙は霊的作用によるに違いなしと推断された。たまたま京都に在府されたる時、霊が幼児〔註二〕に憑依して人語を語るのを見ていたく感動され、深く悟る処があられた。爾後名誉も地位も弊履の如く擲(なげう)って、此等の霊的作用の 研究に従事さるること四十年。其の間深山幽谷に入り、或は全国の名ある神社霊地に参篭して神霊に感合するの道を求められた。其の間の御苦労は言語に絶するものが有ったに違いないが、遂に中世より途絶せるままの我国古来の帰神術を体得され、神伝により幽冥に正神界、邪神界等の別ある事、神界に其の階級、亦憑依せる霊に種類及上中下の品位ある事、それらを判別する重要な「審神者の法」及びなお邪霊を縛ばる処の「霊縛法」の法則等をも明かにして、「秘書」を作成せられ、ここに神霊学の根底を確立せられたのである。
〔註二〕一説に霊が少女に憑依して自由に和歌を詠むと伝う。』(『本田親徳研究』)
(注)会沢正志齎(1782-1863年) 水戸藩士、水戸学藤田(東湖)派の学者・思想家。