とやつて直ぐに竹馬に乘つて遊びに出た。翁も茲に至つては閉口せられてケチつけられず退却されたが、始めて世の中に憑靈現象のあることを確認され、これが動機となつて其後の四十有餘年間の硏究となつたのである。爾來翁は千辛萬苦して硏究を積まれた。隨分諸國の靈山などにも參籠されたらしいが、併し特に諸君の注意をして貰ひたい點は、翁の硏究上の方針態度である。それは從來の行者輩の方法を全く排斥され、飽くまで理智的の硏究を進められたので、先づ一切の迷信を排斥され、靈の本性を見究め、靈の問題は即ち靈を以て霊に對すると云ふ大原則を掴まれて着々解剖的に硏究して行かれたので、遂には驚くべき種々の大發見をせられたのである。
翁は理化學の造詣深く(尤も當時に於ては今日の如く進んだ科學は無かつたけれども)西洋の新學説にも通じて居られたのである。全て本田翁の學術は實驗を基礎としたもので、古典に對する態度も左うで、實地の經驗に合致するものは信じ、然らざるものは信ぜずと云ふの風であつた。』
この少年(少女という説もある)とのやり取りの部分だが、この話がどこまで本当かは分からない。ただそれに似た場面に遭遇した話を佐藤先生も書かれているので、それに似通ったことがあったのは確かだろう。